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夢を見続けるこども
夢をみることのできなかったこどもの分まで。
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 シェリルは、夢と現実とはなんだと思う。そう発言した少年は、シェリルの目に余るほどの夢を背負っていた。
 主人のいない部屋をノックし、掃除用具を手に扉を開ける。殺風景ともとれる室内は、陽光が燦々と降りそそいでいた。シェリルはため息を吐く。こんなに素晴らしい南向きの部屋が用意されているというのに、当の主人はほとんどを部屋の外で過ごしている。もったいないとも思うが、かといってこもりきりになってしまうと自分が旦那様に会わせる顔がない。
 足が悪い主人は、昔はしばらく出歩かないこともあったという。自分の足の悪さを憎み、自棄になっていたそうだ。生まれが貴族だったため外で遊ぶような友人はおらず、室内で過ごすことが多かったのは不幸中の幸いだったのかもしれない。そのときのシェリルはまだ十代で、使用人としての技術を母から教わっている最中だったから直接話したことはなかったけれど。
 彼の部屋は南向き。シェリルが使用人仲間の友人たちと駆けまわる中庭から、彼の部屋は見あげることができた。いつも窓の近くでつまらなさそうに顔を曇らせ、時折、走りまわる自分たちを見つめていたのがいまでも印象に残っている。
 思えば、彼はそのころから夢を抱いていた。面と向かって話すようになったのはここ数年で、ましてや家庭教師(カヴァネス)として少年に教えているなど、昔の自分では想像もできないことだろう。いまではなついてくれているのか、よく思っていることや考えていることを口にしてくれる。話す相手がいないと言ってしまえばそれまでだけれど。
 寝室に飾られた花は、いつみても枯れることなく咲き誇っている。花の種類を変えないところをみるに、答えをいつまでも待っているととらえてよいのだろうか。
 シェリルにとっての「夢」とは、描くことすらなかったものであった。空想にふけるほど生きることに余裕もなかったし、空想で腹は満たされない。思い描くくらいなら、将来のため主人のため、あらゆる知識を貪欲に求めるほうがシェリルにとって意味のあることだったのだ。
「あれ、シェリル。ぼうっと突っ立って、どうかしたの」
 木の杖を床につき、主人は面白そうに笑っている。客人との対話は終わったのだろうか。
「ご婦人とのお話は終わられたのですか。予定よりはやいように思いますが。……まさか、切りあげてきた、抜けだしてきた、などと情けないことをおっしゃるわけではありませんよね」
「怖いなあ、そんなわけないじゃないか。面倒くさいご婦人との話なら、きちんと済ませてきたよ。最初は世間話や夜会のお誘いだったのだけどね、そのうち娘を推してくるものだから、ややこしくなる前に退散してきただけさ」
「言葉は慎みなさい。そういえばダリル様はしばらく夜会へ出席されておりませんね。そろそろ出席してもよい頃合いかと思いますけれど。別荘にいるとはいえ、れっきとした貴族令息なのですから」
「シェリルは見合い話には興味もないんだね? ひどいなあ」
「ダリル様に直接そういったお話がされることは珍しくありませんから。ダリル様が選ばれて結構でございますが、最終的によいとおっしゃるのは旦那様でなくてはなりませんので、旦那様の了承を得る必要があるとは思いますけれど」
「うーん、父上に会わないといけないのは気が重いなあ」
 ぐーっと伸びをして、まだ掃除も済まされていないソファに勢いをつけて座る。少年の小柄な体躯を受けとめるのにもっとも適したソファはきしむことがない。臙脂色のソファは、彼のお気に入りだ。
「……以前、お話された夢と現実の違いですが」
 もう答えが出たの、もっと悩んでくれてもいいのにとくちびるをとがらせる少年の術中にはまるほど、落ちぶれていないつもりだ。自分はいついかなるときも、彼を正しい方向へ導く家庭教師(カヴァネス)でなければ。そうでなければ、舵取りがいなくなってしまう。彼のも、もちろん自分のも。
 視線の先、花はそよ風に揺らいでいる。シェリルの目を盗み、花をこまめにとりかえていたのだろう彼を思うと、その健気さに応えたくなるというもの。
「私にとっての夢とは、描くこともなかったものです。描こうとすら思わなかったものでも。現実は、それに反して見なければならなかったものということになります」
 薄いレンズの向こうで、彼は瞳になにを抱いているのか。
「夢も現実も、私からすれば大した違いはありません。空想も真実も、おなかを満たすものではありませんから。……けれど、こうして日々を過ごしていくうち、ひとつだけ望むことはできました」
 あり余るほどの知識を、得るだけの現実を、自らの手をもって誰かに明け渡すこと。幼き日、中庭から見あげていた少年が、いまシェリルの「現実」として目の前にいる。差しだす以上の知識を追い求め、正しく昇華してくれるであろう少年が。
「ダリル様。貴方様が夢を見続けることが、私の夢であり、現実です」
 酷な現実から目をそらせとは言わない。彼を甘やかすつもりもない。けれど、自分が与える現実を昇華して、それでもなお夢をみるのなら。
「私の夢は、夢を見続けるダリル様です」
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Author:空野海
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生誕:2月14日

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