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帰ろう、偶然なのか、僕は覚えていなかった
「……つづる、くん」声はみっともなく震えてはいないだろうか。陽の沈んだ薄暗い花街、彼の周りだけが世界からぽっかりと取り残されたかのように時間が止まって見える。ゆらりと体躯が傾いて、足元の物体――人を踏みつけた。「僕のものに手を出したからいけないんだよ」踏まれた物体は動かない。つま先が物体の顎をすくいとる。生気のない瞳はうつろで、気味の悪さに身震いした。「あれ、死んじゃったの。……でも、仕方ないよね。さつきに手をあげたもんね。お前のせいだよ」石炭の瞳がゆっくりと細められて、こちらを向いて、悠然と微笑む。「ねえ、さつき」恍惚に、歪んだ。「帰ろうか」この景色には不釣り合いな、軽やかな声音だった。物体から流れる生は、じわじわと地面を侵食している。その真ん中に立つ彼は、この世の存在ではないように思えて、それでも存在していた。「……かえろう」僕も大概、その血に染まっているのだ。
お題:一緒に帰ろう

「おや、譲さんも刀ですか」「え?」「それ。刀じゃないんですか」「え、ああ……うん」すっと指さした腰、若葉色の鞘。突然、問われたことに面食らったのか、相手は返答に詰まった。「いい色ですね、その鞘」自分の刀の鞘はなんの変哲もない錆色だ。傷がついてもわからないのが利点くらいか。「……祖父のものなので、年季は入っていると思いますよ」「あ、そうなんですか?僕のも祖父のですよ。色は随分、くたびれてますが」腰に差していた刀を鞘ごと抜きとり、表面を撫でる。彼の翡翠の瞳は驚きに大きく見開かれて、笑う。「偶然、ですね」「似るものですね」
お題:重なった偶然

「どうしてあなたはいつも怪我をして帰ってくるんですか……」「怪我はするもの!がんばってる証拠じゃない!」「怪我は防げるものですよ」ため息ひとつ。ぶすっとむくれる頬をつつけば、拗ねたのか手で払われる。少し前に多めに補充していた包帯は、すでに底をついていた。「包帯が切れてしまったので、また補充にいかないといけませんね」「今度はもっと買ってくるべきだわ、少ないのよ」「……五つ買っておいて、ですか」「あと湿布もほしいわね、消毒液も!」「話を聞きなさい」ぺしんと軽く額を叩けば、痛いと大げさに喚く彼女。じたばたと暴れるが、無視だ。「入学した日に、なるべく怪我をしないように努めると言っていたじゃないですか」鼻からその言葉を信じてはいないし、鵜呑みにするつもりもなかったが、こうも毎度だとさすがに心配にもなるというもの。「そうだった?覚えてないわ」「……僕、小真梨のそういうところ嫌いじゃないですよ」
お題:そうだったっけ、覚えてないや
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Author:空野海
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生誕:2月14日

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