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やさしすぎるから、いけない
そのやさしさは、いつか崩れていくのでしょうか。(吸血鬼×少女)
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 日光を完全にカーテンでさえぎった薄暗い部屋で、ひとりの男はワイングラスをくるりと回す。艶めいた紅い液体は暗闇の中でも妖しい輝きを伴い、男の頬をほのかに照らしていた。
 きしむソファの上で優雅に足を組み、何者をも寄せつけないほどの威圧感。ただそこにいるだけで見るものをひれ伏させる絶対の力が、その男にはあった。
 ひとつ小さな溜息を吐くと、彼はなにを思ったのか突然立ちあがり、ワイングラスの中身を一気に飲み干して部屋を出ていく。
 古ぼけた洋館、街人には廃墟と言われ近づく者のいない館。男が長い階段をゆっくりと下りていくと、キイと音をたてて玄関の扉が開く。そこから覗く栗色の髪とドレスの裾を見て、男はふわりと微笑んだ。
「おかえり。待っていたよ」
「ただいま。……出かけていたのはほんの一時間ほどじゃない」
 手にさげた籠から新鮮な食物の匂いがする。どうやら買い物に出かけていたらしい。
「今日の夕食はカボチャのスープとフルーツサラダだけどいい?」
「うん、かまわないよ」
「それから起きたなら寝ぐせ、少し撫でつけるとかで整えないと髪が傷むでしょ。はねてる」
 あいたほうの手で男の黒髪を撫でつける少女を、彼は愛おしげに見つめる。アメジストの瞳が仕方なさそうに揺れていて、彼もまたダークヴァイオレットの瞳を揺らしながら淡く笑みを浮かべた。
「君も、たまには髪を結ったらどうだい?」
 出会ったころから伸ばし続けられている栗色に指を絡めると、少女はくすぐったそうに笑った。
「そうしようかな。結ってくれる?」
「もちろん。そのために久しぶりに街へでも出かけてみようか。君に似合う髪飾りを買ってこなければ」
「なにを言ってるの。昼間は光にあたらないくせに」
「あたらないだけであたったらどうなるというわけじゃない。確かに光はこれ以上ないほど腹だたしいけれど、君のためだと思えば安いものだよ」
 にっこりと邪気のない笑みでそう告げられて、少女は言葉に詰まる。
「……じゃあ、明日一緒に街へ行く?」
 問いかければこくりと嬉しそうに頷いて。
「ならちゃんと身だしなみはしっかりしてよね。寝ぐせもなおして。わかった? グレイ」
「わかった、わかった。言うとおりにするよ、アンジェ」



◇◇



 まばゆい太陽が、街中を照らしていた。まぶしすぎて目がくらむのではないかと思えるほどに。
 アンジェがちらりと傍らのグレイを見あげると、彼はそのまぶしさに目を細めながら、それでもどこか嬉しそうに歩いていた。
 この街は行商人がよく立ち入ることもあって、毎日大賑わいを見せている。街道には変わった商店や雑貨屋が並んでいて、私生活に必要不可欠なものまでほとんどのものが手に入る。どこまでも続いているかのような道を歩きながら、アンジェがグレイに話しかけようとした瞬間、彼はふらりと脇道へと入っていく。
「ちょ、ちょっと! グレイ!」
 あわててあとを追いかけるアンジェに目の前を歩いていたグレイは、脇道の奥に焦点をあてていた。アンジェには暗くてよく見えなかったが、人が壁に寄りかかっていることだけは感じられた。このように華やかな街でも、一歩脇へと目を向けるとこういう現実だって普通にあるのだ。
 寄りかかるようにして倒れていたのは、まだ十歳くらいの少年だった。彼は腕を刃物で切られたのか無数の小さなかすり傷がついており、そこからはとめどなく血が流れおちている。早急に手当てをしなければ、めまいなどを起こしてしまうかもしれない。
 人を呼ぶべきか悩んでいるアンジェのことなどおかまいなしに、グレイはその少年の近くにひざまずき、流れ続ける腕を持ちあげる。少年は意識が朦朧としているのか焦点のあわないうつろな目をしているだけだ。その行動でなにをするのか瞬時に理解したアンジェは、持っていたハンカチで少年の視界をさえぎる。
「さすが、行動が早くて助かるよ」
「見られちゃかなわないもの」
 脇道ではあれど、ここは一応大通りだ。
 持ちあげた腕に唇を寄せ、少し匂いを嗅いでからグレイは傷口を吸いあげる。アンジェはかすかに微動した少年の額を撫で、グレイが傷口から唇を離したのと同時にさえぎっていたハンカチをどかす。
「この子、大丈夫なの?」
「うん。血をもらうお礼として、血流の中に混じっていた不純物を取り除いておいたから自然に回復すると思うよ。それにしてもこのくらいの子供の血は美味だね」
 上機嫌でそう言うグレイを半分無視して、アンジェは先ほどまで使っていたハンカチを少年の膝の上に置いてやる。
「それあげるの?」
「だって傷口をこのままにはできないでしょ。ハンカチでもあれば押さえられるから」
 少しの役にはたつだろうと。
「じゃあ髪飾りと一緒にハンカチも買わないとね」
 ハンカチも何枚かまだあるからと上機嫌なグレイに対して断るに断れず、アンジェは仕方なさそうに溜息を吐いて大通りへと向かう。その横をグレイが並んで、少年のいる脇道をあとにした。
 大通りに出た瞬間、建物にさえぎられていた日光が一気に飛びこんできて、グレイが小さくうめく。
「いきなり日があたるのは好きじゃないなあ」
「好みの問題じゃないと思うけど」
「好みだよ、古い友人の中には日にあたるのが好きなやつとかいたからね。逆に暗闇が苦手なんだよ? そんなのでよく今まで生きているなあって実感するよね」
「……本当にね」
 グレイは俗にいう吸血鬼だ。といっても伝承で語られるような残忍な生き物ではなく、闇夜にまぎれて人から少量の血を飲ませてもらうらしい。よく言われる、血を全部飲みほすというのはまっかな嘘だ。グレイに言わせると、動物の血だって飲めるし人間と同じものも食べられる。ただたまに人間の血が必要なだけで、そんなに大量に摂取する必要はまったくないとのことだ。
 日光が苦手というのも嘘らしく、吸血鬼の中には好んで肌を焼いたりする者もいるらしい。ただ日が出ている間は体力の消耗が早く、せいぜい三時間ほどでへばってしまう。だから行動が夕方から夜にかけて多くなり、いつしか「夜に行動する生き物」と伝えられるようになったのだろうということだ。
「ああ、ほら、雑貨屋ついたよ。ここだよね?」
 シンプルな外見に、ショーウィンドウに陳列している雑貨を見てアンジェは頷く。それに満足そうに微笑んだグレイはためらわずドアを開けた。
 中へと入れば見慣れた陳列棚がずらりと並んでいて、思わず目移りしてしまいそう。生活に使う雑貨から、プレゼントにも使われる雑貨まで幅広く扱うこの店はアンジェのお気に入りだった。たまたま街へ出かけたときに見つけた店だったのだが、あたりを引いたと思わずにはいられないほどアンジェの好みの雑貨が多く取り揃えられている。
「髪飾りとハンカチ……」
 一言つぶやいて、グレイは店の陳列棚を一段一段見ていく。外から見ればシンプルで立ち入りやすい店だが、内装は女向けになっていて男性の姿は見受けられない。そんな中を何事もないかのように、しかも優雅な動作で歩いていくのだから、アンジェとしては複雑な心境である。
(吸血鬼だということを除けば、素敵な男性に映ると思うんだけど)
 第三者から見ても、グレイは男性として素敵だとアンジェは思う。物腰は優雅、口調も丁寧、顔も外見も平均よりは上、性格に多少問題はあれどそれを抜いても男性の中では特に紳士的だと。普通の人から見たらこういうグレイみたいな男性は貴族出身者と思われるらしい。
 前にその優雅さはどこで身につけてきたのか聞いたことがある。そうしたら彼はしばらく声をかみ殺して笑ってから「父に叩きこまれたんだ」と微笑んでいた。その父が今どうしているのかはあえて追求しないでおいた。
「アンジェ」
 物思いにふけっていたら突然名前を呼ばれ、反射的にグレイのほうを向く。彼はひとつの棚の前で立ち止まっており、小さく手招きをしてくる。
「髪飾りならこういうのが似合うと思うんだ」
 グレイの両手にあるのはブローチと同じくらいの大きさの髪留め。中心にある紅いルビーのようなガラスの周りに小粒のガラスがびっちりはめられ、下の部分からは雫のごとく薄青のガラスが垂れさがっている。もう片方の手は蝶々の髪留めで、青や赤、黄色のガラスが濃淡をもってちりばめられていた。
 どちらも捨てがたいほどにきれいで、どうしようかと真剣に悩んでしまう。これだったら髪を一まとめにすることもできるし、多少のオシャレにもなる。
「うーん……両方ともきれいだから迷うなあ。グレイはどっちのほうが似合うと思う?」
「僕はどっちも似合うと思ったからふたつ候補に出したんだけど。そうだなあ、そしたらいっそのこと両方買おうか」
「え」
「だって両方気に入ったんでしょ? じゃあ両方買おうよ、ふたつあって困ることはないしね」
 言うなりグレイは肩の位置でゆるく結ばれた黒髪をなびかせながら、心底楽しそうに会計へと歩いていく。断ろうとあとを追うも、追いついたときにはすでに会計を済ませていて。にっこりと笑いかけてくる笑顔にくらりとめまいを覚えた。
「あ、そうだ。ハンカチも一緒に買っておいたから」
「え! いつのまに」
「会計するときにレジの近くにあったから好きそうなのを一枚。アンジェは派手なもの好きじゃないから、隅に花の刺繍がしてあるのと小さなレースがついているやつ」
 髪飾りが入っている小袋とは別に手渡されるハンカチ。淡いピンク色の布地に黄色の花が刺繍され、ふちに小さなレースがついているかわいらしいもの。
 派手なものは好まない。けれど女性らしさにあふれているものが好きなアンジェにはうってつけのハンカチだった。
「えっと……あ、ありがとう」
「どういたしまして」
 こんなにもらっていいのだろうかと戸惑いつつもお礼を告げると、グレイは少年のように純粋な笑顔をみせる。
 そうやって、笑いかけられたら。
「……ずるい」
 自分だけがどきどきしているようで。なんだか、不公平だなんて思ってしまう。
「ん? なにか言った?」
「ううん、なにも」
 ふるふると首をふって微笑むと、彼は特に気にした様子もなく「そっか」とだけ言った。
「ほかに寄るところはないの?」
「うーん、ないかなあ……夕飯の材料はもう買っちゃったし、そろそろ日暮れだし、もう帰る?」
「そうだね、アンジェの用事がもうないなら帰ろうか」
 にっこりと笑いかけてくる笑顔に思わず笑いかえして、グレイとともに家路をたどった。



◇◇



 彼はなにも語らない。だからアンジェも、なにも聞かない。
 聞いてしまってこの心地いい距離がなくなってしまうくらいなら、彼のすべてがわからなくてもその傍で生きていこうと決めたのだから。それが彼に対するせめてもの恩返しであり、いつかくる「餌」としての役割だと思った。
 彼のことで知っていること。
 グレイという名前。ファミリーネームを聞いたこともあったが、笑ってはぐらかされてしまった。おそらく、父親のことと関係があるのだろうとは思っているものの、それを突きつめて言及しようとは思わない。
 あとは、容姿。肩甲骨まで伸びる艶やかな黒髪は、貴族の令嬢すらもうらやむのではないかと思うほどに。ダークヴァイオレットの瞳はとても不思議な光彩をしている。光の加減によって、こちらから見える色が変わるのだ。あるときは紅色に見えたり、薄紫色に見えたり。吸血鬼がこの稀有な瞳をもっているのだとしたら、少しだけうらやましい。
 ほかには、人間の血のなかでも未成年の少年少女を好むこと。穢れなく純粋な味のするものしか口にしたくないとのことだ。本人が言うには、心根のまっすぐな少年少女の血は美味らしい。反対に、心根の曲がっている人の血は老若男女問わず不味いそうだ。
 動物の血でも、狼などイヌ科の動物の血は飲めない。吸血鬼と遠い親戚にあたるらしく、飲んだら体調を崩すなどの症状が出るようだ。吸血鬼一族の間ではそれが原因で亡くなった吸血鬼もいたというのだから、飲まないほうが自分のためなのだろう。
 それくらいだ。深いところまでは知らないし、これからも踏み入ることはない。
 アンジェは自分の親を知らない。捨てられたことくらい理解はしているし、それを気まぐれに彼が拾ってくれ、育ててくれたこともわかっている。彼は人ではないが、あのまま誰も拾ってくれなかったらアンジェはこと切れていたに違いないのだから。
 それだから、アンジェは人間よりも、気分で救ってくれた吸血鬼のほうがやさしいと思う。
 世の中、赤子が捨てられていても目もくれないものだ。みんな、自分の家族で手一杯。そんな場面に何度も出くわしてきた。心を傷めなかったといえば嘘になるが、痛めたのかと問われれば、それとも違うような気がする。それが世の摂理だと、心が理解していたのかもしれない。拾われたのは、たまたま運がよかっただけ。
「……グレイは、私を拾って後悔してない?」
 唯一の窓から差しこむ月明かり。床に光が窓の形に照らされて、彼のお気に入りであり定位置でもあるソファがきしんだ。馬鹿なことを、と嘲笑う人ではない存在を見つめて、そうね馬鹿なことだったわと作ったばかりのスープをすすった。
 人ではない存在と、人である存在。価値観の違いなど、とうの昔に気づいていたはずなのに。
「後悔なんてするはずないじゃないか。していたら、僕はすでに君を手放しているよ」
 これでは、不服かい?
 にっこりと畏怖さえ覚える笑顔に、なぜか安堵した。
「いざとなったら、私を食べていいからね」
 重荷になったときでも、血が足りなくなったときでも。あなたが私を不要だと判断したら、殺してくれてもかまわないわ。
「……それは、愛の告白かな」
「どうしてそうなるのよ」
「いや、それはありえないなと思っただけさ。そうだな……この世界が消滅するときがきたら、僕は君を食べることにするよ」
 一生、訪れないじゃないのと笑えば、彼もだろうねと笑う。
 街人からは避けられる廃墟の洋館。ほとんど使われていない部屋のなか、ひとつだけ明かりが灯る部屋があると人々は謳う。時たま聞こえる軽やかな笑い声と、小さく鳴る食器の音。さまざまな憶測と噂をたずさえて、今日もまた、夜は明ける。
あなたは知らないでしょう。私がどんなに救われたか。
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ようこそお越しくださいました (06/07)

朽葉の優等、黒檀と黒紅の交錯 (12/09)

黒檀の疑惑、朽葉の告白 (10/20)

朽葉が堕ちる、真白の行方 (10/18)

夢を見続けるこども (09/25)

プロフィール

空野海

Author:空野海
since:2009.3.21
生誕:2月14日

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