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華が散って花が咲く ―紫国の花恋物語―
その妃候補は、どこまでも自分を虜にする。
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 たたっと軽やかに回廊を走り抜けていく明奨は、曲がり角からにこやかに姿を現した紫国の王、そして自らの父でもある奨麗に気づき急ブレーキをかけた。政務の休憩中なのか、どこか疲れているように見える。高い位置で結われた青みがかった黒髪が光を反射して青くなっていた。
 黒曜石の瞳が、面白そうに揺れている。
「明奨、右大臣が探していたよ?」
「どうせ縁談の話だ。俺はまだ妃なんて娶らないからな! 父さんが現役なんだ、別にいいだろ」
「僕だっていつまでも元気なわけじゃないよー? もしかしたら病気で倒れるかもしれないし。そしたら代理国王は明奨になるんだよ?」
 苦笑しながら言う父に、明奨は逆らえずむっとした顔をする。
「ところで、どこへ出かけるんだい?」
「え、ああ、ちょっと下町に」
「護衛は?」
「いらないよ。個人の用事を済ませるだけだから」
「個人の用事ねえ……ああ、あの花屋の売り子さんかあ。いいよね、かわいい子だよね素直そうで。貴族の気取ったご令嬢よりずっとずっといい子だ」
「そうなんだよ、仕事に一生懸命で……って、待ってなんで父さんが知ってんの!? 俺なにも言ってないよね!? まさかこっそり偵察してたとかそういうこと!?」
「はっはっは」
「いやいや笑いごとじゃないから!」
「いやあ、まさか息子があんなかわいい子を見つけてくるとは……女性の趣味は僕と一緒だね」
「父さんが母さんをどれだけ好きかはよくわかってるから! ……ああ、もう! 出かけてくる!」
「気をつけて行っておいでー」
 赤くなった顔を隠しつつ勢いよく回廊を駆け抜けていった明奨に、奨麗は笑いながら手をふる。そして明奨の姿が見えなくなると先ほどまでのやさしい顔から一変、きりりと引き締まった王にふさわしい表情へと変わり、右手を軽くあげた。途端がさりと音がしたかと思うと、すぐに音のない空間になる。
 音がなくなったことに満足げに口元をゆるめた奨麗は、休憩が終了したことを告げにきた宦官によって政務室へと戻っていった。



◇◇



「まったく、父さんはいつから知ってたんだ……」
 父の前で彼女の話をしたことも、忍んで出かけるようなこともした覚えはないのにと、明奨はぶつぶつとつぶやきながら下町の大通りを歩いていた。まるで逃げるように奨麗のそばを去ったあと急いで自室に戻って小袋を懐へ入れ、せめてもの変装として整ったまっすぐな黒髪を片手でぐしゃぐしゃにする。少しは貧相な青年に見えていたらいいなという、明奨の思いだ。
 あのあと父には会わなかったから、おそらく政務室へ戻ったのだろう。父さえいなければあとは楽勝だと、明奨は自分だけが知る下町への出口―――裏庭の垣根の隙間からこっそりと宮中を抜けだした。
 初めてその隙間を見つけ、宮中の外へと足を踏みだしたときの胸の高鳴りは今でも覚えている。宮中ほどきれいに塗装されていないすす汚れた壁や、行き交う人々、市場に売っていたさまざまな種類の果物や鮮魚などは朝餉と夕餉に出てくるものだとすぐにわかった。見るものがすべて新鮮で、気づいたら日が沈みかけていてあせったものだ。
 それから何度か人の目を盗んではその垣根の隙間から下町へ出かけ、あてもなくふらふらしていた。それでどこかに辿りつければいいと思ったし、辿りつけなければ宮中へ帰ればいいと思っていたのだ。
 ――その矢先だった。下町のはずれのほうにこじんまりと建つ、花屋を見つけたのは。
 花を受け取り笑顔で去っていく客も、その客に手を振って見送る彼女も、ずらりと並ぶ花々も、すべてが輝いて見えた瞬間だった。腹の探りあいの宮中とは違い、その空間だけは確かに人の交流があった。
 あたたかいと、思った。
 しばらくそうしていたのかもしれないし少しの時間だったのかもしれないけれど、気づいたら勝手に足が花屋に向かっていて、売り子の彼女に「さっきの人、笑ってたね」と声をかけていた。唐突に聞こえた声に驚きつつも、彼女は笑顔のまま言い放った。
『今日は大好きな人の誕生日だから、そのためにその人の好きな花を贈るのだそうです』
 肩あたりで結われた癖のある色素の薄い茶色の髪が、ふわりと揺れた。
 このとき芽生えた感情を表す言葉を、自分は知っていた。父が散々言っている、あの。心臓をぎゅっとわしづかみされたような、切なくなるこの感情を。
「面倒なものが芽生えたものだよなー」
 通いなれた道を左に曲がりつつ、これでは一目惚れしたという父を笑えないではないかと。
「そういうとこって親子似るもんなのか……? あ、けど女性の趣味は絶対違う。母さんは自分から行動を起こす人だったし。……母さん、どんな気持ちで下町に出かけてたんだろう」
 今となっては聞くことも話すこともできないのだけれど。
 そんなことを考えながら歩いているといつものように花屋の店先に辿りつく。そしてこちらに気づいて手を振ってくる少女に、明奨は軽やかに駆けだした。
「今日も下町へお出かけですか?」
「え、ああ……うん。暇だしね」
「前はやることがたくさんあるんだって言ってませんでした?」
「あー、その、日によって変わるんだよ! そりゃ決められたことはあるけど、いつやるかは俺の自由だし……」
 口ごもりながら話す明奨に対しても、少女は微笑みを絶やさなかった。なにも言わずに自分の話に耳を傾けてくれる。それがなによりも嬉しくて、このまま時がとまってしまえばいいのにとも思う。
「新しい花入荷したの?」
「え? ああ、この花ですか? 違いますよ買ったものじゃないんです。さっき野原のほうへ出かけたときに咲いていた花で、たくさん咲いていたものだったから少しだけ摘んできたんです」
 きれいでしょうと笑いかける少女に明奨は迷わずに頷き、そしてその花を見つめる。小ぶりな薄桃色の花はかすかに揺れ、水差しにささっているからかどこか嬉しそうに見える。
「この花って名前はないのかな」
「そうですね……野花なので名前はないのかもしれません」
「でもそういう花にかぎってきれいだったりするんだよね」
「しかも強いんですよね。踏まれても踏まれても立ちあがる、手が加わっている花は自分で立ちあがりませんから」
 少女が花に水をやる姿を横目で見つめつつ、明奨はふと名前をつぶやく。
「――翠蘭」
 翡翠のように美しく、蘭のようにしとやかに。
 笑顔で振りむいた翠蘭に、明奨はどこか挑戦的に言葉を放つ。
「もし俺が宮廷へ来てほしいと言ったら、来てくれるか?」
 吸いこまれそうにきれいな瞳が大きく見開かれ、そして口元が弧を描く。
「明奨さんがそうしてほしいと望むなら、喜んで」
 ああ、やっぱり、まだ自分では力不足だ。
「そのうち俺だからって言わせてやるからな!」
「本当ですか? なら私はそれまでに誰にもなびかないようにしておかないといけませんね」
「うあー、そしたらもう一度取り返すさ!」
「頼もしいです」
 冗談としかとられていないような言葉のキャッチボールをしながら、明奨は父に余計なことを聞かれないように注意しようと思うのだった。





前作、華が散って花が咲くの三本立て、明奨くんの恋物語の続きです。
やっと少女の名前が出てきたねって感じのお話ですむしろ(遠目
ストレートに物申しちゃってるよ明奨くん。いいのかそれで。大丈夫だ、奨麗さんもそんなんだから(殴
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(非公開コメント受付中)

お久しぶりです。
とっても、面白かったです。
明奨…純粋な子=萌えます。
これからも、頑張ってください
Re: タイトルなし
海桜月さん
お久しぶりですー!
純粋な子はどこまでもまっすぐ進んでほしいものですw
ありがとうございます!!><
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空野海

Author:空野海
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生誕:2月14日

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