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幸せ満月
あのときの満月も美しかった。――今宵は宴を催そう。
酒神ディオニュソス×アリアドネ。
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 もしあのとき、彼が私を拾ってくれなければ。
 ――きっと私は、この世に存在していなかったのだと思う。



◇◇



「アリアドネ」


 やさしく透き通った声と、ほのかに漂ってきた葡萄の香りに、アリアドネと呼ばれた少女は微笑んだ。自らを呼んだその相手がわかってしまうことと、漂う香りが彼らしいということが彼女の笑みを誘う。
 やわらかな草の上に座っているアリアドネの隣に彼はゆっくりと腰かける。そしてそよ風に吹かれる彼女の髪を一房すくいとって口付け、さらりと流した。


「ディオニュソス様、今宵は満月だそうです」
「らしいね。信女たちもそう言っていた。だから宴を催すことにしたよ」
「飲みたいだけじゃないですか」
「飲まなきゃやってけないよ」


 子供のように嬉々とした笑顔の青年神を、妻であるアリアドネは慈愛のこもった眼差しで見つめる。その隣で彼は懐から盃を取りだし、酒神の能力なのだろう、葡萄酒を盃に注ぐ。
 そしてくいっと飲み干した。


(そういえば……ディオニュソス様に出会った夜も、満月だったっけ……)


 あれは、そう―――満月の美しい夜だった。
 国を捨ててまでついていった王子テセウスに置いていかれ、悲しみと絶望が心を支配していたあのとき。もう自分は独りなのだと、切り立った断崖で思い、身を投げようとしていた過去の自分。
 断崖から見える満月。眼下に広がるコバルトブルー。身体を撫でていく潮風。
 「死」を覚悟して、一歩前へ踏みだしたとき。


『もったいない。せっかく授かった命なのに。たったひとつなのだから、大切にしないと。君の命が泣いてしまうよ』


 背後から響いた若者の声。微笑んでいたけれど、その声には逆らうことを許さない威圧感があって。
 でも、とてもやさしかった。


(そして泣きじゃくったのよね……今となっては恥ずかしい思い出だけど)


 小さく笑ったアリアドネに、ディオニュソスは面白そうに問いかける。


「どうしたの? いきなり笑って」
「――あなたと出会ったのも、満月の夜だったなぁって」
「……きれいだったね、あの日は。まあ、そのときはアリアドネを落ちつかせることで頭いっぱいだったけど」
「そのことには触れないでっ、ものすごく恥ずかしい過去なんだから」
「……かわいかったんだけどなぁ……」
「そっ、そんなさらりと言わないでっ」


 羞恥に頬を染めあげるアリアドネを、青年神は愛おしげに見つめる。
 そして、あっとなにかを思いだしたように声をあげた。


「そうそう、今日の宴だけどね。アリアドネには着飾ってもらうから」
「え!?」
「だって僕らが出会って一年だよ? 信女たちは喜んで動いてくれてるんだ。僕、アリアドネが着飾った姿が見たいんだけど……ダメ?」


 眩しい笑みを向けられて、アリアドネは染まった頬をさらに染めあげる。


「……き、今日だけですからっ!」


 そして彼女は、幸せの笑みをこぼす。
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Author:空野海
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生誕:2月14日

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